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	有名商標判例・レール・デュ・タン事件（最高裁平12・7・11）論点：混同のおそれ・小僧寿し四国事件（最高裁平9・3・11）論点：不使用の抗弁・パーカー事件（大阪地裁昭45・2・27）論点：真正商品の並行輸入・ファミリーコンピュータ事件（東京地裁平4・5・27）論点：商品の改造・バドワイザー事件（東京地裁平14・10・15）論点：普通使用、権利の濫用（レール・デュ・タン事件）一　　商標法四条一項一五号の「他人の業務にかかる商品又は役務と混同を生じる虞ある商標」には、当該商品等が他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係、又は同一表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務にかかる商品等であると誤信されるおそれ（広義の混同を生じるおそれ）のある商標を含む二　　「混同を生じるおそれの有無」は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商品の指定商品等と他人の業務にかかる商品との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性のその他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準にして、総合的に判断されるべきであると判示して、「レール・デュ・タン」の商標がニナ・リッチの香水のひとつを表示する商標として著名であり、かつ独創的な商標であること、本件登録商標はこれと類似していること、本件登録商標の指定商品中の「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」と「香水」とは女性の装飾という用途において極めて密接な関連性を有していること等から、本件登録商標を「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」に使用したときはニナ・リッチと密接な関係にある営業主の取扱にかかる商品であると広義の混同を生じるおそれがあるとして、本件登録商標を商標法四条一項一五号に該当するとして無効とした事例最高裁平一〇（行ヒ）八五、レール・デュ・タン事件（上告審）、平一二・七・一一判決、第一審東京高裁平九（行ケ）一六四、平一〇・五・二八判決（民集五四・六・一八四八、裁時一二七一・六、判時一七二一・一四一、判タ一〇四〇・一二五、渋谷達紀・判評五〇七・三四、高部眞規子・ジュリ一一九〇・一二二、井上由里子・ジュリ臨増一二〇二・二七三）参照条文　商標法四条事案の概要　上告人Ｘはパルファンニナリッチであり、旧第四類「香料類、その他本類に属する商品」を指定商品とする「L’AIR DU TEMPS」の標章について、昭和三九年一二月一二日に商標登録第六六一四二四号商標として設定登録を受けた（引用商標）。また、同社香水の一種に「L’Air du Temps」及び「レール・デュ・タン」の商標（あわせて本件各使用商標という）並びに引用商標を使用し、本件各使用商標及び引用商標は香水を取り扱う業者や需要者間においてＸの香水の一種を示す商標として著名となったと主張している。　その後の昭和六一年五月二一日、被上告人Ｙは、「レールデュタン」の商標につき、指定商品を旧第二一類「装身具、その他本類に属する商品」として商標登録出願をし、同六三年一二月一九日商標登録第二〇九九六九三号商標として登録された（本件登録商標）。　そこで、ＸはＹに対して、平成四年七月三日、本件登録商標の指定商品中の「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」について商標法四条一項一五号該当（他に一一号該当も主張されている）を理由に無効審判を請求したが、特許庁は、平成九年二月二四日、「審判請求は成り立たない」旨審決した。審決の理由を要約すると、①請求人の「ベストパルファム」と称する香水は六三種類以上に及んであり、「レールデュタン」はそのうち一種に過ぎない。このようにひとつの香水について限定的に使用された個別商標は、「ニナ・リッチ」のようなハウスマークと異なり、その印象・記憶を特定商品に収斂することによって初めて商品群中に存在する自らを差別化して訴求し、その周知・著名性を形成する可能性を手に入れるのであって、逆にその印象・記憶が広く拡散していく場合は個別商標としての機能が有効に発揮されないこととなるのである。請求人主張のように「レールデュタン」が需要者・取引者間において一定の認識を形成していると仮定しても、それは特定された商品「香水」に収斂・特定されることによって形成、維持されているものである。②請求人が「レールデュタン」を使用している商品「香水」と「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」は単に一般的類似関係が成立しない非類似商品であるだけではなく、具体的出所混同の虞が懸念されるべき特段の関係も有していない。　そこで、Ｘは審決の取消しを求めて出訴したが、第一審判決（東京高判平一〇・五・二八）もＸの請求を棄却した。その理由は、わが国の香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者間においては「L’Air du Temps」又は「レール・デュ・タン」の商標がＸの香水のうちひとつを表すものとして著名であったものと推認されるが、化粧品市場において昭和六一年当時既に一般的に極めて著名であったものとまでは認められず、これを「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」に使用した場合に、Ｘ又はＸとなんらかの関係を有する者の取扱いにかかる商品であるかのごとく出所について混同を生じる虞があったとまでは認められないとするものであった。　そこで、Ｘが上告したのが本件である。判決の要旨〔破棄〕１　商標法四条一項一五号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務（以下「指定商品等」という。）に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務（以下「商品等」という。）に係る者であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ（以下「広義の混同を生ずるおそれ」という。）がある商標を含むものと解するのが相当である。けだし、同号の規定は、周知表示又は著名表示へのただ乗り（いわゆるフリーライド）及び当該表示の希釈化（いわゆるダイリューション）を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ、その趣旨からすれば、企業経営の多角化、同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業や市場の変化に応じて、周知又は著名な商品等の表示を使用するものの正当な利益を保護するためには、広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであるからである。　　そして、「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。２　本件登録商標は、本件各使用商標のうち「レール・デュ・タン」の商標とは少なくとも称呼において同一であって、外観においても類似しており、しかも、引用商標の表記自体及びその指定商品からみて、引用商標からフランス語読みにより「レールデュタン」の称呼が生ずるものといえるから、本件登録商標は、引用商標とも称呼において同一である。また、本件各使用商標及び引用商標は、香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者には、Ｘの香水のひとつを表示するものとして著名であり、かつ、独創的な商標である。さらに、本件登録商標の指定商品のうち無効審判請求に係る「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」と香水とは、主として女性の装飾という用途において極めて密接な関連性を有しており、両商品の需要者の相当部分が共通する。以上の事情に照らせば、本件登録商標を「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」に使用するときは、その取引者及び需要者において、右商品がＸと前記のような緊密な関係にある営業主の業務に係る商品と広義の混同を生ずるおそれがあるということができる。なお、本件各使用商標及び引用商標がいわゆるペットマークとして使用されていることは、本件各使用商標等の著名性及び本件各使用商標等と本件登録商標に係る各商品間の密接な関連性に照らせば、前記判断を左右するに足りない。解説　本件は、①商標法四条一項一五号の「混同」には広義の混同を含むこと、②混同の判断基準は、商標の類似度、周知著名度、独創性の程度、商品間の関連性の程度、取引者及び需要者の共通性、その他取引の実情等であるとしています。これらはこれまで下級審で何度も判示されてきたことですが、最高裁判決としては最初だと思います。本件使用商標である「レールデュタン」は六三種類以上に及ぶニナ・リッチの香水の一つであったとのことであり、特許庁では、このような個別マークの名声は特定された商品「香水」に収斂・特定されることによって形成・維持されているのだから、非類似商品に使用されたときにまで混同を生じるおそれはないと主張しましたが、判決は一五号を適用しました。タニノ・クリスティ事件同様商標の特異性、独創性が考慮されていると思います。（著作権法・商標法判例解説集抜粋）（小僧寿し四国事件）「登録商標に類似する標章を第三者が使用した場合でも、登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売り上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額（商標法三八条二項）の損害も生じていないとされた事例」上告審・・・最高裁平六（オ）一一〇二、平九・三・一判決（民集五一・三・一〇五五、裁時一一九一・六、渋谷達紀・民商一一八・一・七一、土肥一史・ジュリ臨増一一三五・二五九）参考条文　商標法二六条・三七条（平三法六五改正前）・三八条１　商標法三八条二項は、商標権者は、故意又は過失により自己の商標権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる旨を規定する。右規定によれば、商標権者は損害の発生について主張立証する必要はなく、権利侵害の事実と通常受けるべき金銭の額を主張立証すれば足りるものであるが、侵害者は、損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができるものと解するのが相当である。けだし、商標法三八条二項は、同条一項とともに、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定であって、損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的枠組みを超えるものというほかなく、同条二項の解釈として採り得ないからである。　　商標権は、商標の出所識別機能を通じて商標権者の業務上の信用を保護するとともに、商品の流通秩序を維持することにより一般需要者の保護を図ることにその本質があり、特許権や実用新案権等のようにそれ自体が財産的価値を有するものではない。したがって、登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても、当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売り上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきである。２　これを本件についてみると、原審の認定事実によれば、（一）上告人は昭和四九年一一月ころから大阪市を中心とする近畿地区において「おにぎり小僧」の名称で持帰り用のおにぎり、すし等の製造販売を始めたが、被上告人ないしその傘下の加盟店の店舗の所在する四国地域では本件商標を使用しておにぎり、すし等を販売したことがない、（二）遅くとも昭和五三年には、「小僧寿し」の名称は、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称としてだけでなく、小僧寿しチェーンの製造販売に係る本件商品を示すものとしても著名となってあり、被上告人標章三（１）ないし（６）も同様の標章として著名性を獲得し、いずれも業務上の信用及び顧客吸引力を有していた、（三）本件商標は、四国地域において全く使用されていないものであって、一般需要者の間における知名度がなく、業務上の信用が化体されておらず、顧客吸引力が殆どなかった、（四）昭和五五年から同五七年までの間は、被上告人標章二（１）（３）〔注・被告標章２（ア）（ウ）〕については、被上告人ないしその傘下の加盟店の店舗のうち高地県下の二一店舗の中に、正面出入口横のウィンドウに被上告人標章二（１）を表示したものと、店舗壁面に同二（３）を表示したものが各一店舗ずつ存在しただけであって、被上告人は、主として被上告人標章一（１）ないし（９）〔注・被告標章１（ア）ないし（ケ）〕、同三（１）ないし（６）を使用し、副次的に同二（１）（３）を使用することがあったにすぎない、というのである。そうすると、被上告人の本件商品の売り上げは専ら小僧寿しチェーンの著名性、その宣伝広告や商品の品質、被上告人標章一（１）ないし（９）、同三（１）ないし（６）の顧客吸引力等によってもたらされたものであって、被上告人標章二（１）（３）の使用はこれに何ら寄与していないのであるから、被上告人の被上告人標章二（１）（３）の使用により、上告人の販売する商品の売上げにつき損害が生じたものと認められないことはもちろん、上告人には本件商標権につき得べかりし利益の喪失による損害も何ら生じていないというべきである。３　したがって、本件において商標法三八条二項に基づく損害賠償請求が認められないとした原審の判断は、是認することができる。上告審判決の解説一　商標法三八条二項〔現行三八条三項〕は通常使用量相当額を「自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる」と規定しており、これは一項〔現行二項〕の「損害の額と推定する」と異なりミニマムの法定賠償額の定めです。つまり、商標使用者は事前に商標権者に使用料を支払って使用しなくてはならず、商標使用者がこのような適法な手段を踏んでいれば商標権者は使用料を取得できたのに、商標使用者が無断使用したために使用料を取得できなかったのだから、商標権者は最低でもこの使用料相当額の得べかりし利益を喪ったとするもので、合理性があります。そして三項〔現行四項〕で、商標使用者に故意又は重過失のないときもこの法定賠償額は減額できないとしていますが、適法に使用しようとするときはこの二項〔現行三項〕の金額はどうしても支払わなくてはならなかったわけですから、これを減額できないことは当然です。二　ところが、本判旨はこの二項〔現行三項〕の法定賠償額も支払わなくてよいと述べており、不可解です。判旨は「損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的枠組みを超えるもの」と述べています。しかし、商標法は商標権者に独占的使用権を与え（商標二五）、裏を返せば商標権者以外の者はその登録商標を使用してはならず、もしどうしても使用したいときは商標権者の許諾を得なくてはならないこととしています。そして、許諾を得るためには当然対価（使用料）が必要ですから、無断使用されることによって商標権者は明らかに得べかりし利益を喪失しており、損害の発生していることは明らかだと思います。どうして「損害の発生していないことが明らか」なのでしょうか。この点、判旨は「登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときには、得べかりし利益としての実施相当額の損害も生じていない」と述べています。しかし、得べかりし利益というのは商標使用者が適法な手順を踏んだならば商標権者が得られたであろうライセンスフィーのことであり、決して商標使用者の売上げに寄与したことによって得られる利益ではありません。それはライセンスフィーですから、その登録商標の使用が売上げに寄与したか否かといったことは関係なく、全く売上げに寄与しなかったときも返還する必要のない金銭です。判旨には、明らかに矛盾があると思います。三　ところで、通常使用料相当額は一般に売上げの二乃至一〇パーセントの範囲内で決められます。そうすると、本件のＹは昭和六一年だけで売上げ七九〇億円とのことですから、仮に二パーセントとしても昭和六一年だけで一億六〇〇〇万円に達し、通算では何十億円という単位になります。確かに、これだけの金額をＹに賠償させるのは、逆に言えばＸにこれだけの金額を取得させるのは誰れが考えても理不尽です。Ｘは一〇万円から二〇万円の費用で商標権を取得しただけなのに、偶々Ｙが全国規模で使用してくれたために、何もしないで数十億円の金銭が転がり込んでくるというのはなんとも納得がいきません。しかし、だからといって商標法三八条二項〔現行三八条三項〕適用を否定するのは商標法二五条を中心とする商標法の体系を崩すこととなります。「商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていない」というのは、結局他人の登録商標を無断使用してもそれによって利益をあげなければ損害賠償義務を負担しなくてもよいということであり、これでは商標権者の独占的使用権を定めた商標法二五条は骨抜きとなります。四　私は次のように考えます。三八条二項〔現行三八条三項〕の「その登録商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額」というのは、事前にライセンスを得たならば何円のライセンス料を支払っただろうかという問題ですから、裁判官はその登録商標の有名度、当事者間の関係、当業界の相場等を総合的に考慮して規範的観点も加味してその金額を決めればよいんだと思います。確かにライセンス料は売上高の三パーセントとか五パーセントといったように定率法で定められることが多いので、一般には三八条二項〔現行三八条三項〕の損害額は売上高の三パーセントとか五パーセントとか定めればよいと思います。しかし、本件において、ＸＹが事前にライセンス交渉をしたとして、さほど有名でもない「小僧」商標に通算数一〇億円のライセンス料が合意されたなどとは考えられません。この場合に、Ｘは何円のライセンス料を取得できれば「小僧」商標の使用を許諾しただろうか、Ｙは何円までなら支払っただろうかを事後的に推測して、規範的観点も加味して例えば年間一〇〇万円とか、或いは定額法で一括で二〇〇〇万円とかいった妥当な額を決めればいいんだと思います。この程度の金額ならばＸもライセンスを与えたであろう、Ｙも他の商標に変更することなく「小僧」商標を採択したであろうという金額を事後的に決めればよいと思うのです。（著作権法・商標法判例解説集抜粋）（パーカー事件）「真正パーカー商品の並行輸入によって需要者も米国パーカー社もなんら害されることはないのだから、それによって我が国の｢パーカー｣商標の専用使用権者のわが国市場の独占的支配が脅かされるとしても、この一事をもって並行輸入を禁止すべき理由はないとして、真正商品の並行輸入は実質的違法性を欠き、権利利害を構成しないとされた事例」大阪地裁昭四三（ワ）七〇〇三、パーカー事件、昭四五・二・二七判決（無体集二・一・七一、判時六二五・七五、播磨良承・曹時四三・五・九六、松尾和子・判評一五二・三〇、豊崎光衛・ジュリ四七三・一四六、沢木敬郎・別冊ジュリ一六・二八四、紋谷暢男・別冊ジュリ八七・二四六参照条文　民事訴訟法二編一章、関税定率法二一条、行政事件訴訟法三二条、旧不正競争防止法一条、商標法一条・二五条・三六条・三七条事案の概要　被告Ｙは、米国の訴外パーカー社が日本において有する登録商標｢ＰＡＲＫＥＲ｣（指定商品－万年筆､鉛筆、インキ）について、日本国全域の専用使用権の設定を受けたカナダ法人である。Ｙは、訴外パーカー社と共に費用の負担をして、｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標の日本におけける広告宣伝に努め、訴外パーカー社の真正商品を日本で販売してきたが、｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標を付したＹ固有の商品を販売したことはない。原告Ｘは輸出入業者であり、香港所在の商社から｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標を付した真正パーカー商品を継続的に輸入し、国内で販売する業務を行っていた。ところが昭和四三年に、Ｙから税関当局に対し、｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標を付した指定商品の第三者による輸入の差止めを求める申立書が提出されたために、Ｘが自己が輸入した真正パーカー万年筆六〇〇本について大阪税関長になした輸入申告につき、大阪税関長から不許可が通知された。そこでＸはＹに対し、専用使用権に基づく差止め請求権の不存在確認の訴えを起こした。判決の要旨〔一部認容・一部棄却〕　既に明らかにしたとおり、Ｙは米国から商標権者たるパーカー社において｢ＰＡＲＫＥＲ｣なる商標を附した製品を輸入し、これを国内で販売しているだけであり、日本において｢ＰＡＲＫＥＲ｣の商標を附した指定商品を製造しているものではないし、わが国においては相当以前から｢ＰＡＲＫＥＲ｣の商標を附した万年筆といえば、右商品は専らパーカー社の製造販売にかかる舶来品の標識として需要者に認識されていたことは公知の事実であり、そうだとすれば、前述のようにＸの輸入販売しようとするパーカー社の製品とＹの輸入販売するパーカー社の製品とは全く同一であって、その間に品質上些かの差異もない以上、｢ＰＡＲＫＥＲ｣の商標の附された指定商品がＸによって輸入販売されても、需要者に商品の出所品質について誤認混同を生ぜしめる危険は全く生じないのであって、右商標の果す機能は少しも害されることがないと言うべきである。このように、右商標を附した商品に対する需要者の信頼が裏切られるおそれがないとすれば、少なくとも需要者の保護にかけるところはないのみならず、商標権者たるパーカー社の業務上の信用その他営業上の利益も損なわれないことは自明であろう。また本件商標の如く世界的に著名な商標については、各国の需要者はその商標が内国の登録商標であるか外国のそれであるかを問題とせず、商標が製造元を表示する点を重視して当該商標の附された商品を購入するのが通常であり、Ｙが内国商標の専用使用権者として有する業務上の信用は、パーカー社が右商標の使用によって築き上げたパーカー製品の世界市場における名声と表裏一体、不可分の関係にあって、これとは別個の独立した存在であるとは解せられず、･･････Ｙによって窺われる次の事実、すなわち、パーカー社が、Ｙに対し商標専用使用権を設定した後においても、Ｙの日本においてなすパーカー製品の宣伝広告費用の六〇％を負担し、日本におけるパーカー製品の名声の保持に努め、且つ、米国及び香港において配布されている宣伝パンフレットと言語、文字が異なるだけで文章の意味内容を同じくし、掲載写真、レイアウトその他の体裁はそっくりそのままの日本向け宣伝パンフレットを米国において印刷したうえ、これを日本に送付してＹの手により配布させている事実は、Ｙの有する業務上の信用とパーカー社の有する業務上の信用とが一体不可分の関係にあることを裏付ける資料たるを失わないのである。したがって、Ｘのなす真正パーカー商品の輸入販売によって、Ｙは内国市場の独占的支配を脅かされることはあっても、パーカー社の業務上の信用が損なわれることがない以上、Ｙの業務上の信用もまた損なわれないものというべく、むしろ、第三者による真正商品の輸入を認めるときは、国内における価格及びサービス等に関する公正な自由競争が生じ、需要者に利益がもたらせられることが考えられるほか、国際貿易が促進され、産業の発達が刺激されるという積極的利点があり、却って商標法の目的にも適合する結果を生ずるのである。」、「なお、Ｘのなす輸入販売が公正なる協業秩序を紊すものではないかどうかについて検当する。Ｙは昭和三九年頃から大々的にパーカー製品の輸入販売を始めたのであるが、パーカー製品の名声は夙に相当以前から国内にあまねく知れわたっていたし、Ｘ代表者Ａは既に昭和三七年頃からその主宰する株式会社阿木商会によって香港からパーカー製品を輸入し国内で販売してきたもので、昭和四〇年八月同会社を解散してＸ会社を設立し、Ｘ会社によって事実上阿木商会の業務を継承してパーカー製品の輸入販売を続行しているものであることは従来説示したとおりである。このような経過に照らすと、ＸがＹによるパーカー製品の宣伝活動の成果に只乗りして、不正競争の意図をもってパーカー製品の輸入販売を企図したものとは認め難く、また右輸入の手段方法についても格別不公平な廉があるとも認められない。」、「以上検討したところを綜合して考察すると、Ｘのなす真正パーカー製品の輸入販売の行為は商標制度の趣旨目的に違背するものとは解せられず、Ｙの内国市場の独占的支配が脅かされるとの一事はこれをもってＸの輸入販売行為を禁止すべき商標法上の実質的理由とはなし難い。畢竟、Ｘは形式的には本件登録商標につきなんら使用の権限を有しないものであるが、同人のなす本件真正パーカー製品の輸入販売の行為は、商標保護の本質に照らし実質的には違法性を欠き、権利侵害を構成しないものというべきである。」なお、Ｙから控訴されたが、控訴審係属中にＹと米国パーカー社間の専用使用権設定契約が解除されてＹは専用使用権者でなくなったために、控訴審判決（大阪高判昭四六・八・六）はＹ敗訴部分を取り消し、Ｘの請求を棄却した。解説　商標権の効力は一国内に限られますから、米国で取得した商標権の効力は我が国には及びません（属地主義）。その結果、世界各国に商品を輸出しようとする者は各国語とに商標権を取得していかなくてはならず、本件のパーカー社も米国のみならず日本でも｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標の商標権を取得しており、更に日本の商標権（これは日本以外の国に登録された同じ｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標の商標権とは全く別個の権利）につきＹに専用使用権を与えています。　真正商品が並行輸入されても商標権者たるパーカー社としてはそれに異議を述べることはできません。それはもともと自己が｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標を付して流通においた商品なのですから、自己以外の販売会社や小売業者がそれを販売する行為を禁止することはできません（用尽論）。商品の真正さが他人の専用使用権の侵害を容認する理由とはならないからです。ところが専用使用権者はそうではありません。もともと専用使用権の設定をうけるのは自己が日本における独占的販売代理人になるためであり、真正商品の並行輸入はこの独占性を害する行為に他ならない訳です。そこで専用使用権者Ｙと並行輸入業者Ｘとの争いとなるわけですが、属地主義の建前からいえばＹが勝訴するはずです。ところがＸの行為により商標の本質的機能である出所表示機能や品質保証機能が害されるかというと全く害されません。ＸＹ両商品のルーツは共にパーカー社であり、ＸＹは同じ商品を売っているのだからです。そこでこのような出所表示機能も品質保証機能も害さない行為は侵害に当たらないのではないか、それとも専用使用権者の独占的利益が害されるのだから侵害とすべきなのかが問題とされました。判旨は日本における｢ＰＡＲＫＥＲ｣商標の広告宣伝も主としてパーカー社がなしている等の事実から、パーカー社の業務上の信用が損なわれない以上はＹの業務上の信用も損なわれないとしてＸを勝たせました。これはＹの主体的な宣伝広告活動があればＹ独自の営業利益が認められるが、単に専用使用権の設定を受けたというだけでは保護すべき営業的利益はないとしたものでしょう。ところがこのような著名商標の専用使用権を得る（独占的販売代理人となる）こと自体相当に営業価値のあることであり、当然かなりの対価をパーカー社に支払っているはずですから、このＹの利益を無視しうるのかは一抹の疑問を感じます。（著作権法・商標法判例解説集抜粋）（ファミリーコンピュータ事件）一　非権利者が、商標権者がその登録商標を附して販売した商品を正当に購入した上でそれに改造を加え、商標権者の登録商標とともに自己の商品表示を附して販売したい行為は、右商標権者の右商標権を侵害する二　右の如く商品に改造を加え同一性のない商品として販売している事実には、商標権消尽の理論は問題とならないとされた事例東京地裁昭六三（ワ）一六〇七、ファミリーコンピュータ事件、平四・五・二七判決（知裁集二四・四一二）参照条文　商標法二五条（平三法六五改正前）・三七条（平三法六五改正前）事案の概要　原告Ｘは「Ｎｉｎｔｅｎｄｏ」の登録商標（本件商標権）を保有し、本件商標権及び「ファミリーコンピュータ」「ＦＡＭＩLＹＣＯＭＰＵＴＥＲ」の各表示（Ｘ表示）を附して家庭用カセット式テレビゲーム機（Ｘ商品）を製造販売している。Ｘ商品は昭和五八年七月の販売直後から大きな反響をよんで空前のヒット商品となり、ＸもＴＶ等で広告宣伝に努めた結果、Ｘ表示（ファミリーコンピュータ、ＦＡＭＩＬＹＣＯＭＰＵＴＥＲ）及び本件登録商標（Ｎｉｎｔｅｎｄｏ）は広く認識されるに至った。被告Ｙは昭和六一年八月頃から、Ｘ商品の本体及びコントローラーの各内部構造に改造を加えた家庭用カセット式テレビゲーム装置（以下「Ｙ商品」という。）を、Ｘ商品に附された本件登録商標及びＸ表示をそのまま使用したうえ、「ＨＡＣＫＥＲ　ＪＵＮＩＯＲ」の表示を付して、｢ハッカージュニア｣の商品名で販売した。　Ｘ商品に加えられた改造には、Ｘ商品の本体については、トランジスタ三個、抵抗九個、電解コンデンサ二個、基板一個、ジャンパー線１１本及びピンジャック三個が用いられ、また、Ｘ商品のコントローラーに対しては、七四ＨＣ一〇八（フィリップフロップ用ＩＣ）一個、スライドスイッチ二個、基板一個、ジャンパー線５本及びスズメッキ線一本が用いられている。この改造によってＹ商品は、Ｘ商品に高速連射機能、ビデオ出力端子、ステレオ音声出力端子、スローモーション機能等の機能が追加されたものとなっている。そこで、ＸはＹを被告として提訴した。判決の要旨〔一部認容〕「Ｙは、Ｙ商品はＸ商品に改造を加えたものであるが、その改造の程度は、基本的回路や本来の機能には変更を加えていないから、Ｙ商品はＸ商品と同一性があるものであるし、Ｙ商品の購入者はＹ商品がＸ商品に改造を加えただけのものであるとの認識を有しているから、Ｙ商品がＸの製品であるとの出所の混同は生じないので、本件商標権侵害行為に当たらない旨主張する。　しかしながら、前項記載の事実によれば、Ｘ商品に対しＹが加えた改造が、Ｘ商品の本体及びコントローラーのいずれにも及ぶものであり、一台あたりの販売価格も、Ｘ商品が一万四八〇〇円であるのに対し、Ｙ商品は二万二八〇〇円であり、右改造部分に相当する販売価格は八〇〇〇円であって、Ｘ商品の価格の約五四パーセントに及び、またＹ自身がＹ商品を｢高速連射可能｣、｢ビデオ出力端子装備｣及び「ステレオ出力端子装備」の機能を持つ「ファミコンの最終兵器」であるとして、Ｙ商品がＸ商品の内部構造を改造したものとして売出していたものであって、Ｙ商品がＸ商品と同一性のある商品であるということはできない。また、Ｙは、右のとおり、Ｘ商品の内部構造に改造を加えた上でＹ商品を販売しているのであるから、改造後のＸの商品であるＹ商品にＸの本件登録商標が付されていると、改造後の商品がＸにより販売されたとの誤認を生ずるおそれがあり、これによって、Ｘの本件登録商標の持つ出所表示機能が害されるおそれがあるとも認められる。したがって、Ｙが、Ｘ商品を改造した後も本件登録商標を付したままにしてＹ商品を販売する行為は、Ｘの本件商標権を侵害するものというべきである。」「Ｙは、商標権の効力は商標権者が当該登録商標を付した商品を販売した時点でその商標と商品が一体になっている限り消尽すると解されるから、本件において、ＸがＸ商品に付した本件商標権の効力も、ＸがＸ商品を正規の販売ルートに置き、その対価を取得した時点で消尽しており、Ｙは本件商標権の消尽した商品に構造を加えたものであるから、本件商標権の侵害には当たらない旨主張する。解説　他人の商標の附された他人の商品を正当に購入した者が、そのまま他人の商標を附して販売する行為は正当な行為で、これが侵害行為に当たらないのは商標権が消尽したからであると説明されます。また、他人の商品を正当に購入した者が、それを改造して同一性のない商品にした上で自己の商品として販売する行為も正当な行為です。（レストランが、八百屋で買ってきたキャベツを千切りにして提供する行為と同じ）問題は、他人の商標の附された他人の商品を改造して同一性のない商品とした上で、その他人の商標をそのまま附して販売する行為です。この場合は、他人の商品を構造して得た自己の商品に他人の商標を附する行為にほかなりませんので、商標権侵害行為となります。ただ、どの程度に改造すれば同一性を失うかは微妙な問題です。（著作権法・商標法判例解説集抜粋）（バドワイザー事件）チェコ企業の正式表記である「Budejovicky Budvar，Narodni Podnik」（チェコ語）を英語表記した「BUDWEISER BUDVAR，NATIONAL CORPORATION」を、瓶の正面に貼られたラベルの下部に、「BREWED AND BOTTLED BY THE BREWERY（○○醸造所により醸造及び瓶詰め）」、「CESKE BUDEJOVICE（BUDWEIS）　CZECH REPUBLIC（チェコ共和国チェスケ・ブジェヨビチェ（バドワイス））」に挟まれた中段に小さく記載した行為は、「自己の名称を普通に用いられる方法で表示するもの」（商標法二六条一項一号）に該当するとされた事例東京地裁平一二（ワ）七九三〇、バドワイザー事件、平一四・一〇・一五判決（判時一八二一号一三二頁、判タ一一二四号二六二頁）参照条文　商標法二六条・三六条事案の概要　原告Ｘは、「Budweiser」の名称のラガービールの製造販売等を主たる目的とする米国法人であり、我が国において、「Budweiser」（原告登録商標１）、「ＢＵＤ」（原告登録商標２）の商標を商標登録している。（以下、両者を併せて「原告各登録商標」という）被告Ｙ１はヨーロッパを中心として「Bud?jovicky Budvar」ないし「Budweiser Budvar 」の名称のビールを販売しているチェコ共和国の法人であり、被告Y２は我が国におけるＹ１の正規販売代理店、被告Ｙ３はヨーロッパ等の市場でビールを購入し、正規の販売代理店としてではなくわが国に輸入する並行輸入も行っている。（Ｙ４も並行輸入をしたかは不明）Ｙ１は、別紙被告標章目録一ないし四記載の標章を付した瓶ビール（チェコ語標章ビール）を我が国に輸出し、Y２はＹ１の正規販売代理店としてこれを輸入し、販売している。チェコ語標章ビールにおいて、瓶正面に被告標章１を中央に大書したラベルが付されており、同ラベルの下部に被告標章４が小さな活字で記載されている。瓶の首の部分には赤い冠形の被告標章２のラベルが付され、瓶の裏面には、上部に被告標章一が大書され、その下に被告標章３が小さな活字で記載されたラベルが付されている。Ｙ１は、被告標章５、６の付された瓶ビール（ドイツ語標章ビール）も製造してヨーロッパで販売しており、少なくともＹ３は（Ｙ４が販売したかは不明）、ドイツ語標章ビールを輸入してわが国で販売した。ドイツ語標章ビールにおいて、瓶正面に被告標章５を中央に大書したラベルが付され、瓶の首の部分には赤い冠形の被告標章６のラベルが付されている。　そこで、Ｘが、Ｙ１乃至Y４の行為は原告各登録商標の商標権を侵害するとともに不正競争に該当するとして、商標法三六条又は不正競争防止法二条一項一号ないし二号を根拠に、Ｙ１らのビールの輸入販売の差止め及び商品の廃棄の請求とともに損害賠償を求めた。主な争点は、①両社の商標が類似するか、②被告標章４、５について「自己の名称を普通に用いられる方法で表示する商標」（商標法二六条一項一号）に該当するか、③被告標章４についてＸは、Ｙ１が七〇〇年以上の歴史を持つオリジナル「バドワイザーのビール」の製造者であるという事実を認識して「Budweiser」の商標を採用したこと等よりＸの主張は権利の濫用にあたるかである。別紙１　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　判決の要旨〔一部認容・一部棄却〕　被告標章４（BUDWEISER BUDVAR,NATIONAL CORPORATION）については、このうち後半の「NATIONAL CORPORATION」が国営企業を意味する英語の普通名詞であることは前記のとおりであるが、その前にある「BUDWEISER BUDVAR」の部分は、名称である「Budejovicky Budvar」のうち、「Budejovicky」の部分を同じ意味のドイツ語表記に改めたものである。そして、〔証拠略〕によれば、被告標章４は、Ｙ１のチェコ語の正式の表記である「Budejovicky Budvar，Narodni Podnik」の英語の翻訳であること、Ｙ１は特に英語圏の国において自己の営業を示すものとして被告標章４を用いていることが認められる。また、被告標章４使用態様を見ると、前期一（６）〔省略〕において認定したとおり、瓶の正面に張られたラベルの下部に小さな活字で横書一行で記載されているものであり、しかも、その上下には、更に小さな活字でそれぞれ横書一行の文字が記載されており、上部の行には「BREWED AND BOTTLED BY THE BREWERY（○○醸造所により醸造及び瓶詰め）」と、下部の行には「CESKE BUDEJOVICE(BUDWEIS) CZECH REPUBLIC」（チェコ共和国チェスケ・ブジェヨビチェ（バドワイス））とそれぞれ記載されているものである（別紙被告標章使用態様目録二（１）参照〔省略〕）。　上記によれば、被告標章４は、自己の名称を普通に用いられる方法で表示するものというべきであるから、原告登録商標一の商標権の効力が及ぶものではない（商標法二六条一項一号）。なお、被告標章４は、前記のとおり、被告ブドバーの名称を英語で表記したものであって、母国語であるチェコ語による表記ではないが、現在の国際的な商取引において主として英語が用いられていることに照らせば、英語を母国語としない国の企業がその名称を英語で表記するものも、商標法二六条一項一号にいう「自己の名称」に該当するものと解するのが相当である（そのように解さないと、英語を母国語ないし公用語とする国の企業のみを、不当に優遇する結果となる。）。　原告登録商標１（Budweiser）と被告標章５を比較すると、被告標章５の全体とは外観、称呼を異にするが、そのうち上段の「Budweiser」とは同一であり、外観、称呼が一致する。　上記によれば、被告標章５は、その構成のうち分離して称呼、観念を生じ得る部分である「Budweiser」の部分が原告登録商標１と同一であるから、原告登録商標１に類似するものというべきである。　Ｙ３及びＹ４らは、被告標章５の「Budweiser」の部分は商品の産地を普通に用いられる方法で表示したものである（商標法二六条一項二号）から、原告の商標権の効力は及ばない旨を主張する。しかし、前記一（７）〔省略〕で認定した事実によれば、被告標章５は瓶ビールの正面に貼付されたラベル上に、赤字で大きく目立つように表示されているというのであるから、商品の産地である地名を普通に用いられる方法で表示したものということはできない。　解説一　判決では、原被告間の経緯について次のように認定しています。（１）「バドワイザー」の語の起源　　　　現在のチェコ共和国の地には一二一二年からボヘミア王国があったが、同国のチェスケ・ブジェヨビチェ（Ceske Budejovice）の町では、一二六五年からビールが醸造されていた。ボヘミア王国は、一五二六年以降ハプスブルグ帝国（オーストリア）の一部となり、一七世紀後半にはドイツ語が公用語となった。チェスケ・ブジェヨビチェの町には多数のドイツ人が住んでいたので、人々はこの町を「Budweis」（ドイツ語）又は「Budejovice」（チェコ語）と呼んでいたが、その後ドイツ語の公用語化によりこの町の正式名称は「Budweis」となり、チェコが一九一八年に独立すると｢Ceske Budejovice｣と呼ばれるようになり、ナチスドイツの占領期間は「Budweis」と、一九四五年以降は「Ceske Budejovice」が正式名称となっている。　　　　「Budweiser」は「Budweis」を起源とするドイツ語の形容詞であり、チェコ語の形容詞の「Budejovicky」と同じ意味である。チェスケ・ブジェヨビチェでビールがつくられていたことから、「Budweiser」は「Budweiser Bier」（ドイツ語）、「Budejovicke pivo」（チェコ語）と同じ言葉で、バドワイス産ビールを意味する語として使われていた。（２）Ｙ１の成り立ち　　　　チェスケ・ブジェヨビチェの町のビール醸造所は何世紀もの時代を経て発展を遂げ、二つの大規模醸造工場に集約された。その一つがチェコ醸造合資会社という会社形態となり、一九四六年にチェコスロバキア共和国により国有化された。このチェコ醸造合資会社の承継会社として一九六七年にＹ１が設立され、Ｙ１は「Budejovicky」「Budweiser」」の名称の使用に関する一切の権利を承継した。（３）Ｘの成り立ち　　　　Ｘは、一八五七年にアドルファス・ブッシュが創業したビール醸造会社に起源を発する。アドルファス・ブッシュとドイツの卸売業者のカール・コンラッドは、一八七五年にビールを共同で開発し、ボヘミアのバドワイスの町で醸造されていたビールにあやかる趣旨で「Budweiser Lager Bier」と命名した。その後カール・コンラッドが財政的に行き詰まったことから、Ｘの前身であるアンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションが、一八九一年までに、カール・コンラッドから、「Budweiser Lager Bier」の商標使用権を含んだ同人の一切の営業を譲受けた。Ｘは、一九一九年に、アンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションの営業を承継する目的で設立され、同社の営業のすべてを承継した。　（４）ＸＹ間の関係　　　　ＸＹ双方がアメリカにおいて「Budweiser」の商標を付したビールを販売したため、両者間において紛争が生じ、一九一一年合意、一九三九年合意を経て、現在も世界各地で紛争が継続している。二　判決では、両社の商標の類似に関して次のように判断しています。 Budweiser（原告登録商標１） BUD（原告登録商標２）被告標章１非類似非類似２非類似非類似３ ― 非類似４非類似 ― ５類似 ― ６非類似 ― 三　被告標章４について　　裁判所は、被告標章４を原告登録商標とは非類似と判断しています。とすると、それだけで原告の請求を棄却できるのですが、さらに、被告標章４の使用が商標法二六条一項一号の「自己の名称を普通に用いられる方法で表示たもの」に該当するか、原告の請求が権利濫用にあたるかについて判断しています。　　そして、前者については、被告標章４の「BUDWEISER BUDVAR，NATIONAL CORPORATION」はＹ１のチェコ語の正式表記である「Budejovicky Budvar，Narodni Podnik」を英語表記したものであること、その使用態様も、瓶の正面に貼られたラベルの下部に、上段の「BREWED AND BOTTLED BY THE BREWERY（○○醸造所により醸造及び瓶詰め）」、下段の「CESKE BUDEJOVICE（BUDWEIS）　CZECH REPUBLIC（チェコ共和国チェスケ・ブジェヨビチェ（バドワイス））」に挟まれた中段に小さく記載されたものであることから、自己の名称を普通に用いられる方法で表記したものであり、商標権の効力を受けないとしました。　　後者については、「Budweiser」が一三世紀以来ボヘミア地方のチェスケ・ブジェヨビチェ（ドイツ語名称Budweise）で醸造されるビールを意味する名称として使用され、そのことはヨーロッパで広く知られていたこと、Y１は「Budweiser」の名称に関する一切の権利を承継していること、Ｘの使用する「Budweiser」はボヘミア地方のチェスケ・ブジェヨビチェで醸造されたビールにあやかる趣旨で命名されたこと、被告標章４の使用態様はY１の正式名称の英語訳であって、下段の「CESKE BUDEJOVICE（BUDWEIS）　CZECH REPUBLIC」と合わせて見ればチェコ企業であることが明白であり、アメリカ企業であることが明白なＸと混同するおそれはないことより、Ｘによる請求は権利濫用にあたるとしました。四　被告標章５について　　被告標章５は原告登録商標一と類似し、また商標法二六条一項一号の「自己の名称を普通に用いられる方法で表示したもの」にも該当しないから、商標権侵害にあたるとされました。被告標章４と異なった判断になったのは、被告標章５は、缶ビール正面に貼付されたラベル上に赤字で大きく目立つように表示されていたので、普通に用いられる方法にあたらないとされました。そして、被告標章５の使用を差し止め、さらに被告標章５の使用による損害賠償金として約四〇〇万円を認容しました（それ以外はすべて請求棄却）。被告標章は七〇〇年以上の歴史を有し、ヨーロッパで広く知られていたこと、Ｘは被告ビールの生誕地であるボヘミア地方のチェスケ・ブジェヨビチェで醸造されたビールにあやかる趣旨で命名されたこと等から、被告標章４に対する権利行使が権利濫用にされたのですから、被告標章５に対する権利行使も権利濫用としてもよかったように感じられますが、被告標章５に対する権利行使は権利濫用とはしませんでした。（著作権法・商標法判例解説集抜粋）（バドワイザー事件）「Budweiser」の語は、チェコ共和国ボヘミア地方のチェスゲ・ブジェヨビチェという町において醸造されるビールを意味する名称として使用され、被告はチェコ共和国の国営企業として設立され、「Budweiser」の名称に関する一切の権利を承継したものであり、他方、原告の使用する名称「Budweiser」は右ボヘミア地方のチェスゲ・ブジェヨビチェで醸造されるビールにあやかる趣旨で採用された等の事情の下では、原告が、被告に対し、登録商標「Budweiser」等の商標権侵害の主張をすることは権利の濫用であるとされた事例東京地裁平一二（ワ）七九三〇、バドワイザー事件、平一四・一〇・一五判決（判時一八二一号一三二頁、判タ一一二四号二六二頁）参照条文　商標法二六条・三六条事案の概要　原告Ｘは、「Budweiser」の名称のラガービールの製造販売等を主たる目的とする米国法人であり、我が国において、「Budweiser」（原告登録商標１）、「ＢＵＤ」（原告登録商標２）の商標を商標登録している。（以下、両者を併せて「原告各登録商標」という）被告Ｙ１はヨーロッパを中心として「Bud?jovicky Budvar」ないし「Budweiser Budvar 」の名称のビールを販売しているチェコ共和国の法人であり、被告Y２は我が国におけるＹ１の正規販売代理店、被告Ｙ３はヨーロッパ等の市場でビールを購入し、正規の販売代理店としてではなくわが国に輸入する並行輸入も行っている。（Ｙ４も並行輸入をしたかは不明）Ｙ１は、別紙被告標章目録１ないし４記載の標章を付した瓶ビール（チェコ語標章ビール）を我が国に輸出し、Y２はＹ１の正規販売代理店としてこれを輸入し、販売している。チェコ語標章ビールにおいて、瓶正面に被告標章１を中央に大書したラベルが付されており、同ラベルの下部に被告標章４が小さな活字で記載されている。瓶の首の部分には赤い冠形の被告標章２のラベルが付され、瓶の裏面には、上部に被告標章１が大書され、その下に被告標章３が小さな活字で記載されたラベルが付されている。Ｙ１は、被告標章５、６の付された瓶ビール（ドイツ語標章ビール）も製造してヨーロッパで販売しており、少なくともＹ３は（Ｙ４が販売したかは不明）、ドイツ語標章ビールを輸入してわが国で販売した。ドイツ語標章ビールにおいて、瓶正面に被告標章５を中央に大書したラベルが付され、瓶の首の部分には赤い冠形の被告標章６のラベルが付されている。　そこで、Ｘが、Ｙ１乃至Y４の行為は原告各登録商標の商標権を侵害するとともに不正競争に該当するとして、商標法三六条又は不正競争防止法二条一項一号ないし二号を根拠に、Ｙ１らのビールの輸入販売の差止め及び商品の廃棄の請求とともに損害賠償を求めた。主な争点は、①両社の商標が類似するか、②被告標章４、５について「自己の名称を普通に用いられる方法で表示する商標」（商標法二六条一項一号）に該当するか、③被告標章４についてＸは、Ｙ１が七〇〇年以上の歴史を持つオリジナル「バドワイザーのビール」の製造者であるという事実を認識して「Budweiser」の商標を採用したこと等よりＸの主張は権利の濫用にあたるかである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　判決の要旨〔一部認容・一部却下〕　原告登録商標１の由来、Ｙ１が自己の製造販売するビールに「Budweiser」の表示を付している経緯、チェコ語標章ビールにおける被告標章４の使用態様等の事情に照らせば、Ｘが、Ｙ１による被告標章４の使用に対して原告登録商標１に基づく権利を行使するのは、権利の濫用として許されないというべきである。　すなわち、前記（１）～（４）〔省略〕において認定したとおり、「Budweiser」の語は、一三世紀以来、ボヘミア地方のチェスケ・ブジェヨビチェ（ドイツ語名称Budweis）において醸造されるビールを意味する名称として使用され、そのことはヨーロッパにおいて広く知られていたものであるところ、Ｙ１は、チェコ共和国の国営企業として設立され、「Budweiser」の名称に関する一切の権利を承継したものである（Ｙ１自身は、一九六七年に設立されたものであるが、チェコ国内法上、「Budweiser」の名称に関する権利を正当に承継したものであるから、その前身であるチェコ醸造合資会社ないしそれ以前の同地の醸造業者の有していた権利を援用することが許されるものと解する。なお、この点は、Ｘにおいても同様であり、Ｘ自身は一九一九年に設立されたものであるが、その前身であるアンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションないしカール・コンラッドの有していた「Budweiser」の名称に関する権利を承継したものである。）他方、Ｘの使用する「Budweiser」の名称は、米国において一八七五年にアドルファス・ブッシュとカール・コンラッドが新製品のビールを開発した際に、ボヘミアのバドワイズ（チェスケ・ブジェヨビチェ）の町で醸造されていたビールにあやかる趣旨で「Budweiser Lager Bier」と命名したことに由来するものである。そして、チェコ醸造合資会社とアンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションないしＸとの間の１９１１年及び一九三九年の合意を通じて、チェコ醸造合資会社は、北米大陸及び当時のアメリカの保護領において「Budweiser」の名称を使用する権利を放棄したものであるが、それ以外の地域において「Budweiser」の名称を私用する権利については、放棄しているものではない。　また、被告標章４の使用態様は、上記のとおりであり、Ｙ１のチェコ語の正式名称の英語訳であり、そのすぐ下段の「CESKE BUDEJOVICE(BUDWEIS) CZECH REPUBLIC」（チェコ共和国チェスケ・ブジェヨビチェ（バドワイス））の記載と共に見るときには、チェコ共和国における企業であることが明白であり、取引者・需要者がこれをＸと混同するおそれはない（Ｘが米国法人であり、Ｘの製造販売するビールが米国産であることは、Ｘ自身が「No.１アメリカンビール」などとして広告宣伝を行ったことにより、著名な事実である。）。　以上の事情を総合すれば、チェコ語標章ビールにおける被告標章４の使用に対して、Ｘが商標権に基づく権利を行使することは権利の濫用に該当するものとして許されないというべきである。解説一　判決では、原被告間の経緯について次のように認定しています。（１）「バドワイザー」の語の起源　　　　現在のチェコ共和国の地には一二一二年からボヘミア王国があったが、同国のチェスケ・ブジェヨビチェ（Ceske Budejovice）の町では、一二六五年からビールが醸造されていた。ボヘミア王国は、一五二六年以降ハプスブルグ帝国（オーストリア）の一部となり、一七世紀後半にはドイツ語が公用語となった。チェスケ・ブジェヨビチェの町には多数のドイツ人が住んでいたので、人々はこの町を「Budweis」（ドイツ語）又は「Budejovice」（チェコ語）と呼んでいたが、その後ドイツ語の公用語化によりこの町の正式名称は「Budweis」となり、チェコが一九一八年に独立すると｢Ceske Budejovice｣と呼ばれるようになり、ナチスドイツの占領期間は「Budweis」と、一九四五年以降は「Ceske Budejovice」が正式名称となっている。　　　　「Budweiser」は「Budweis」を起源とするドイツ語の形容詞であり、チェコ語の形容詞の「Budejovicky」と同じ意味である。チェスケ・ブジェヨビチェでビールがつくられていたことから、「Budweiser」は「Budweiser Bier」（ドイツ語）、「Budejovicke pivo」（チェコ語）と同じ言葉で、バドワイス産ビールを意味する語として使われていた。（２）Ｙ１の成り立ち　　　　チェスケ・ブジェヨビチェの町のビール醸造所は何世紀もの時代を経て発展を遂げ、二つの大規模醸造工場に集約された。その一つがチェコ醸造合資会社という会社形態となり、一九四六年にチェコスロバキア共和国により国有化された。このチェコ醸造合資会社の承継会社として一九六七年にＹ１が設立され、Ｙ１は「Budejovicky」「Budweiser」」の名称の使用に関する一切の権利を承継した。（３）Ｘの成り立ち　　　　Ｘは、一八五七年にアドルファス・ブッシュが創業したビール醸造会社に起源を発する。アドルファス・ブッシュとドイツの卸売業者のカール・コンラッドは、一八七五年にビールを共同で開発し、ボヘミアのバドワイスの町で醸造されていたビールにあやかる趣旨で「Budweiser Lager Bier」と命名した。その後カール・コンラッドが財政的に行き詰まったことから、Ｘの前身であるアンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションが、一八九一年までに、カール・コンラッドから、「Budweiser Lager Bier」の商標使用権を含んだ同人の一切の営業を譲受けた。Ｘは、一九一九年に、アンホイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションの営業を承継する目的で設立され、同社の営業のすべてを承継した。　（４）ＸＹ間の関係　　　　ＸＹ双方がアメリカにおいて「Budweiser」の商標を付したビールを販売したため、両者間において紛争が生じ、一九一一年合意、一九三九年合意を経て、現在も世界各地で紛争が継続している。二　判決では、両社の商標の類似に関して次のように判断しています。 Budweiser（原告登録商標１） BUD（原告登録商標２）被告標章１非類似非類似２非類似非類似３ ― 非類似４非類似 ― ５類似 ― ６非類似 ― 三　被告標章４について　　裁判所は、被告標章４を原告登録商標とは非類似と判断しています。とすると、それだけで原告の請求を棄却できるのですが、さらに、被告標章４の使用が商標法二六条一項一号の「自己の名称を普通に用いられる方法で表示したもの」に該当するか、原告の請求が権利濫用にあたるかについて判断しています。　　そして、前者については、被告標章４の「BUDWEISER BUDVAR，NATIONAL CORPORATION」はＹ１のチェコ語の正式表記である「Budejovicky Budvar，Narodni Podnik」を英語表記したものであること、その使用態様も、瓶の正面に貼られたラベルの下部に、上段の「BREWED AND BOTTLED BY THE BREWERY（○○醸造所により醸造及び瓶詰め）」、下段の「CESKE BUDEJOVICE（BUDWEIS）　CZECH REPUBLIC（チェコ共和国チェスケ・ブジェヨビチェ（バドワイス））」に挟まれた中段に小さく記載されたものであることから、自己の名称を普通に用いられる方法で表記したものであり、商標権の効力を受けないとしました。　　後者については、「Budweiser」が一三世紀以来ボヘミア地方のチェスケ・ブジェヨビチェ（ドイツ語名称Budweise）で醸造されるビールを意味する名称として使用され、そのことはヨーロッパで広く知られていたこと、Y１は「Budweiser」の名称に関する一切の権利を承継していること、Xの使用する「Budweiser」はボヘミア地方のチェスケ・ブジェヨビチェで醸造されたビールにあやかる趣旨で命名されたこと、被告標章４の使用態様はY１の正式名称の英語訳であって、下段の「CESKE BUDEJOVICE（BUDWEIS）　CZECH REPUBLIC」と合わせて見ればチェコ企業であることが明白であり、アメリカ企業であることが明白なＸと混同するおそれはないことより、Ｘによる請求は権利濫用にあたるとしました。四　被告標章５について　　被告標章５は原告登録商標一と類似し、また商標法二六条一項一号の「自己の名称を普通に用いられる方法で表示たもの」にも該当しないから、商標権侵害にあたるとされました。被告標章４と異なった判断になったのは、被告標章５は、缶ビール正面に貼付されたラベル上に赤字で大きく目立つように表示されていたので、普通に用いられる方法にあたらないとされました。そして、被告標章５の使用を差し止め、さらに被告標章５の使用による損害賠償金として約四〇〇万円を認容しました（それ以外はすべて請求棄却）。被告標章は七〇〇年以上の歴史を有し、ヨーロッパで広く知られていたこと、Ｘは被告ビールの生誕地であるボヘミア地方のチェスケ・ブジェヨビチェで醸造されたビールにあやかる趣旨で命名されたこと等から、被告標章４に対する権利行使が権利濫用にされたのですから、被告標章５に対する権利行使も権利濫用としてもよかったように感じられますが、被告標章５に対する権利行使は権利濫用とはしませんでした。（著作権法・商標法判例解説集抜粋）