法的観点からのデザイン知財戦略

１．デザインの重要性

（１）知的財産権、特にデザインが重視されるに至った理由

　①知的財産権が重視されるに至った理由
　　端的に言えば社会における価値の基盤が有体物から無体物へ移行しているという状況において必然的に知的財産権の価値も重視されるに至ったと言えます。　
　　従来の日本の産業はコスト競争力を武器に競争優位を維持してきました。しかし、低廉な人件費と急速な技術力の向上による近年のアジア諸国の台頭により、日本の産業競争力は伸び悩みました。また、アジア諸国との対比のみならず他の先進諸国との競争をする上でも、他との“差別化”が必要になりました。そのためには画期的な製品やサービスを持続的に創造することが要求され、人間の頭脳による知的創造活動による付加価値化が産業競争力を大きく左右するようになります。現在では知的創造活動自体が産業競争力を形成する源泉であるという認識が高まり、実際に政府をはじめ多くの企業が知的財産政策を打ち出し、その中で“知”の財産化を図っています。
　このように社会がいわゆる知識経済化する中で“知”の価値が重視されるに至り、人間の知的創造から生まれる無体物たる知的財産権も重視されるに至ったわけです。

　②デザインが重視されるに至った理由
　ⅰ）技術の成熟化、先端化による商品差別化の困難性
　　汎用消費財などの商品分野によっては、技術が成熟し技術革新による商品の差別化が困難な状況にあり、他方、技術が高度先端化している商品分野においても、各社における技術力が均等化しているため商品の差別化が困難な状況にあります。さらには、国内各社商品の差別化のみならず、中国をはじめとするアジア各国の技術力、価格力の急激な向上もこのような商品の差別化困難に追い討ちをかけています。
　　　　このため、商品の品質や価格以外で商品の差別化を図る手段として、デザインが重視されるようになりました。
　ⅱ）消費者の商品選択基準の変化と価値観の多様化
　　　　技術の成熟化又は高度先端化により、消費者において商品の技術的要求の満足度が高まったため、商品選択の判断基準が商品の品質機能から商品のデザインに移行している傾向にあります。
また、消費者の価値観が多様化し、従前の規格大量生産による商品では消費者に受け入れられ難くなっていることもデザインが重視されるに至った理由に挙げられます。
　ⅲ）ブランド戦略との関係
　　　　一般に商品の品質（性能）で差別化が困難になった際に、注目される手段の一つとしてブランドによる差別化が挙げられます。近年、各企業において「ブランドマネジメント室」などの新たな部署が相次いで設置されるなど、企業において「ブランド戦略」が非常に重視される傾向にあります。この点、デザインは消費者に向けて直接に視覚に訴えるものであり、ブランド確立のための要素としても重視されています。

２．知的財産権法におけるデザインの位置付け

（１）知的財産権法及び関連法の簡単な紹介
　①特許法
　　　新たな発明をした者が、特許庁にその発明を特許出願しその内容を社会に公開させることで、社会の技術水準を向上させる一方、出願人には発明公開の代償として一定期間その発明の独占排他権を付与することで、発明の奨励を促し、もって産業の発達を図ることを目的とする法律です。
　②実用新案法
　　　特許法とほぼ同様の法律ですが、一般に特許法で保護される発明より技術的レベルの低い考案を保護対象とする法律です。
　③意匠法
　制度趣旨は特許法と似ていますが、その保護対象は物品のデザインであり技術を保護対象とする特許法と異なります。また、出願してもその内容は登録されるまで公開されません。なお、デザインについての関連法は他に不正競争防止法や著作権法などがあります。
　④商標法
　自他との識別標識（以下、「商標」という）を使用し続けるとその商標には業務上の信用が化体します。これを保護するのが商標法でありその手段は特許法と同様で商標権者に独占排他権を付与することによります。商標権は権利効力の及ぶ範囲が同一のみならず類似範囲まで及ぶこと、権利存続期間が半永久的であること等が特許権と異なります。
　⑤不正競争防止法
　　　事業者間の公正な競争を確保する等の目的とする法律で代表的なものとして次の規定が挙げられます。
ⅰ）商品等表示の混同惹起行為及び著名表示冒用行為
　自社の周知著名な商品等表示（商標、商号など）と同一又は類似する表示を使用して自社の営業と混同を生じさせるような行為を禁止します。ここでいう周知著名とは原則として全国的に知られていることが必要とされます。
ⅱ）商品形態模倣行為
　近時の法改正で導入された規定であり商品のデザインの模倣を禁止する規定です。この規定によって自社商品のデザインが模倣された場合には、例え意匠権を有していなくても模倣者に対し模倣品の販売禁止や損害賠償請求が可能となりました。ただし、模倣品が自社の商品と実質的に同一であること、模倣行為が自社の商品を最初に販売した日から3年以内であること等が要件とされます。
　⑥著作権法
　人間の知的創造活動によって生まれたものを保護する法律ですが、その目的は主として文化の発展であり産業の発達を目的とする特許法等とは異なります。また、上記特許法、意匠法等で保護されるものについては著作権法の保護対象外となります。例えば、量産される工業製品のデザインであれば意匠法や不正競争防止法で保護されるものですから著作権法の保護対象外ですが、一品製作物としての美術品たる彫刻であれば著作権法の保護対象になります。
　⑧その他
　　法律で明文をもって定められた権利ではありませんが、上記以外にも知的財産権関連として以下の権利が挙げられます。
ⅰ）肖像権
　肖像権とは、法律で明文をもって定めたられた権利ではなく、判例上認められている権利です。肖像権は、人格権的側面と経済的側面の両面を併せ持つ権利といえます。人格権的な側面からは、みだりに自分の肖像を写真等に写されたり描かれたりすることを拒絶する権利であるといえます。経済的な側面からは、写された、或いは描かれた自分の肖像の商業的・営利的な利用をコントロールする権利（報酬を得て他人に利用させる権利を含む）であるといえます。
また、一般的には、この経済的側面からの肖像権をパブリシティ権といいます。ただし、肖像以外に「もの」（例えば、競走馬の名称やガス気球）に関してパブリシティ権を認めた判例もあります。
ⅱ）商品化権
　商品化権とは、商品の顧客吸引力を増大させるために、漫画やアニメ等のキャラクターやテレビドラマ・映画のタイトル等を利用させる権利をいいます。たとえば、「鉄腕アトム」や「ちびまるこちゃん」「サザエさん」の文字や登場人物の似顔絵には商品販促効果がありますが、これらを商品に利用させる権利が商品化権です。商品化の対象になるものは、アニメのキャラクターやタイトルの他に、実在する人物や動物、建築物等でもよいです。

（２）デザインに関連する法律の詳細
　①意匠法
　　新たな意匠（物品に係るデザイン）の創作に対し一定要件下でその意匠と同一又は類似する意匠の独占排他的効力を付与し、その利用を図ることで、意匠の創作を奨励し産業の発達を図ることを目的とする法律です。意匠登録されてから１５年間権利が存続します。
　　物品にかかるデザインであれば意匠法上の保護対象になります。たとえば、工業デザイン（自動車、電化製品）、テキスタイルデザイン（模様を付した織物）、ファッションデザイン（コート、靴）、ジュエリーデザイン（指輪、ネックレス）などが挙げられます。
また、我が国意匠法は、創作した意匠を最先に出願したものが保護されるとするいわゆる先願主義を採用するとともに、部分意匠制度、関連意匠制度、組物意匠制度、秘密意匠制度、動的意匠制度のような特殊制度も設けています。これら特殊制度をいかに利用するかが企業のデザイン知財戦略の行方を左右します。

②不正競争防止法第２条第1項第１乃至第3号
　　公正な競争を確保する観点から、他社が自社の商品とそっくり（略同一）な商品の販売等を禁止する規定を設けています（３号）。これによれば、模倣された商品が意匠権を有していなくとも、次の登録要件を満たせば、模倣者に対して差止や損害賠償請求ができます。本号の適用要件は主として、ⅰ）商品の形態が実質的に同一であること、ⅱ）相手側に模倣の意図があること、ⅲ）商品が通常有する形態でないこと、ⅳ）販売開始から３年以内であることです。3号の規定の詳細は、別項の不正競争防止法2条1項3号の過去の判例要約一覧（写真付）をご覧ください。
また、商品の形態が周知著名な場合はそれ自体が商品等表示であるとして、販売開始3年経過後であっても商品形態が間接的に保護されることもあります（１号及び２号）。1号及び２号の規定の詳細は、別項の不正競争防止法2条1項１号又は２号の過去の判例要約一覧（写真付）をご覧ください。

③著作権法
　　人間の知的創造活動によって生まれたものを保護する法律ですが、その目的は主として文化の発展であり産業の発達を目的とする上記意匠法とは異なります。物品以外のデザイン、例えば、小説、音楽、絵画、写真、プログラム、映像デザインなどが著作権法の保護対象となり、意匠法等で保護されるもの（物品にかかるデザイン）については原則として著作権法の保護対象外とされます。詳しくは以下の比較表をご覧下さい。

④商標法
　　商標法は自他の商品又はサービスの識別標識を保護するものであり、デザインの保護を目的とした法律ではありません。しかし、商標法では立体商標（三次元のもの）も登録対象にしているため、間接的に物品のデザインが保護されることがあります。例えば、ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダース人形は指定役務第４２類「飲食物の提供」において立体商標として商標登録されているため、この役務において当該人形の使用が禁止され、それにより間接的に当該人形のデザインが保護されることがあります。

３．法的観点からのデザイン知財戦略

（１）各意匠登録出願制度の長所と短所

　①　新規性喪失の例外制度

長所：意匠出願前にその意匠が公知（第三者に知られる）になっても、公知から６ヶ月以内の出願であれば、それを理由に拒絶されないという制度ですから、新商品の売れ行き具合を見てから出願できるという事実上のメリットが得られます。

短所：通常の出願書類に加えて、新規性喪失の例外の適用を受けるための書類を提出する必要があり、手続きが煩雑になります。また、第三者に新規性を喪失したことを証明してもらえなかったときは、新規性喪失例外の適用を受けられない場合があります。

　②　関連意匠制度

長所：同時に創作されたバリエーションデザインを纏めて保護することができます。また、核となるデザイン（本意匠）を厚く保護するために、本意匠のまわりに防壁となる関連意匠を置くことで、本意匠と類似傾向にある他社の意匠の参入を抑制します。

短所：関連意匠制度を利用するには、本意匠及び関連意匠の出願は同一人によって同日に出願しなければならず、後追いの形で関連意匠を追加出願することはできません。また、複数の意匠出願をすることになるので、費用が嵩みます。

　③　部分意匠制度

　長所：意匠のデザイン的に優れた特徴的な部分のみ模倣して意匠全体としては非類似とする巧みな模倣に対しても、意匠権の効力を及ぼすことができます。また、関連意匠制度との併用も可能であり、物品の部分についてのバリエーションデザインの保護も可能です。

短所：短所というほどのものではありませんが、部分意匠と全体意匠（部分意匠を含む物品全体の意匠）を両方出願する場合は、全体意匠を先に出願すると後の出願である部分意匠は先願の全体意匠を引用されて拒絶されてしまいます。したがって、このような場合は、部分意匠を先に出願する、若しくは両方を同日出願するべきです。

　④　秘密意匠制度

　長所：出願に係る意匠がいつ販売するか未定の場合には、意匠の販売時期と公開時期を一致させるべく、意匠が登録された後も一定期間の間は非公開とされます（通常は登録時に公開されるのが原則）。自動車の秘密意匠出願が典型です。

短所：意匠が登録されても、特許庁長官の証明を受けた一定の書面を提示し警告した後でないと、模倣者に対して権利行使ができません。

　⑤　組物の意匠制度

　長所：複数の物品であっても個々の物品に全体的に統一感を持たせるようにデザインが施されていれば、個々の物品を纏めて一出願できます。

短所：組物の意匠として登録された場合は、その意匠権の効力は組物全体で一つの効力ですから、第三者が組物全体を模倣した場合に権利行使が可能であり、第三者が組物の構成物品のうちの一つを模倣した場合は権利行使ができません。

　⑥　動的意匠制度

　長所：単に静的デザインに特徴があるだけでなく、物品の機能に基づいた一連の動作にデザイン的特徴があれば、その一連の動的意匠が意匠権によって保護されます。

短所：短所というほどのものではありませんが、出願書類のなかで意匠の一連の動作を図面によって特定しなければなりませんので、図面の作成枚数が増加し、手続きが煩雑になり、図面作成費用も増加します。

（２）意匠登録出願戦略

意匠登録出願戦略においては、平成１０年改正法により導入された部分意匠制度や関連意匠制度などの意匠法上の特殊な制度を如何に効果的に活用するかが重要になります。しかし、意匠登録出願は比較的コスト負担が大きいため、資金面で余裕のある大手企業と十分な資金がない中小企業とではその出願戦略も大きく変わります。以下では大手企業の場合と中小企業の場合とで分けて解説していきます。
　①大手企業の意匠登録出願戦略
　　　大手企業ですと、通常は自社の意匠権マップを作成し、これを活用しながら出願戦略を練ることになります。意匠権マップとは、自社が保有する意匠権に係る意匠の縮小図面（斜視図等）を形態の特徴ごとにポジショニングし、各意匠権との形態類似関係を表したマップのことをいいます。このマップを作成することにより自社の権利を網羅的に把握できます。そして、意匠公報から他社の意匠権を把握し、それを自社の意匠権マップに取り入れることにより、他社権利との競合関係を含めて自社の意匠権管理や今後のデザイン傾向を検討し、戦略的に意匠登録出願していきます。では具体的にどのような戦略的な出願手法があるのか説明していきます。
　　ⅰ）攻撃的出願
　　　意匠権マップにより他社権利領域を把握するとともに、今後需要が伸びそうなデザイン傾向の領域を把握し、自社の権利領域を少しずつ需要見込領域に広げていきます。この際、まずは他社権利領域の弱点を分析し、他社権利領域と離れたところから権利を連続的に拡大していき、徐々に需要見込領域を支配しながら他社権利領域に近づいていきます。こうすることにより、他社との紛争を回避しながら自社権利領域を拡大していくことができます。
　　ⅱ）防衛的出願
　　　オーソドックスであるが、関連意匠制度などを利用して本意匠を中心に権利を満遍なく連鎖的に取得することで、２重３重の防壁により他社の侵入を防ぐことができます。この際、自社の権利領域に空地が発生しないよう、あるいは必要以上に権利が近接しすぎないよう出願する配慮が必要です。
　②中小企業の意匠登録出願戦略
　　　中小企業は資力が充分でない場合が多いので、多数の意匠登録出願をして権利を網羅的に取得するのは困難です。したがって、少ない意匠登録出願でピンポイント的に権利を取得するのが最も効率的な出願戦略となります。ここでは出願件数というよりは各種意匠登録出願制度を如何に使いこなすかが重要になります。

（３）デザイン知財の監視

　①自社の意匠権と同一又は類似する意匠の登録情報の定期的ウォッチング
　　　特許庁において意匠登録を得た場合は、その後第三者が当該意匠と同一又は類似する意匠を出願しても拒絶されます。しかし、意匠権者から見れば類似すると思われる意匠であっても、特許庁の審査官から見れば非類似だと判断され、当該意匠と類似する意匠が登録されてしまうケースがあります。また、特許庁審査官といえども人間ですから単純に審査ミスを犯し当該意匠と同一又は類似する意匠を登録してしまうケースもあります。こういった事態に対処するために企業は定期的に自社の意匠権と同一又は類似する意匠が登録されていないかを監視する必要があります。具体的にいいますと、その意匠出願が登録されてしまった場合は無効審判制度を利用し、過誤登録された意匠を無効にします。

②実際の取引市場の監視
　　　自社デザインの模倣品発見は、通常の営業活動をしていれば自然と発見できるケースもありますが、模倣品は正規流通ルートを経らないこともあり、また、小規模で散発的に発生することもありますから、デザイン模倣品の監視方法に完璧な方法はありません。最善の措置としては、全社員に模倣品を発見した場合は必ず報告するように常日頃から呼びかけることが必要です。
　　また、近年ではネット上での個人販売が急速に普及していますので、インターネット上で自社商品名の文字検索と画像検索を併用することで模倣品発見に至ることもあるでしょう。また、このようなケースでは、模倣品ではないが、真正品に改造を加え商品を販売するケースもあるようです。商品が改造された結果、自社の意匠権の類似範囲外になっているときは商標権侵害や特許権侵害からのアプローチが必要になります。

（４）税関輸入差止制度の利用

　　税関における輸入差止制度とは、知的財産権（特許権、商標権、意匠権、著作権等）を侵害する貨物が輸入されようとする場合に、税関がその輸入を差止めるために、意匠権者等が、税関に対し、その権利内容や侵害の事実を疎明するために必要な証拠を提出し、当該貨物の輸入を差止めるよう申し立てる制度です。国内市場において、既に模倣品が出回っている状況及び近い将来模倣品が輸入されることが予想される状況下では有効な手段となります。この申立が受理されることにより、輸入申告された貨物又は郵政官署から呈示された国際郵便物の中から、税関が輸入差止申立にかかる貨物を発見したときは、当該貨物の侵害認定手続を執り、侵害が認定された際は、輸入の差止めが行われ当該侵害品が国内市場に流通することを未然に防止します。
　　実務の話をしますと、税関の職員は、権利者が申立時に提出した資料に基づき侵害貨物の発見をするわけですから、申立時に提出する疎明資料やその他の任意添付書類の書き方が非常に重要になります。特に申立て時に提出する侵害を疎明するための資料は、認定手続きが開始されたときに税関が侵害の成否を判断するための重要な資料になるので、入念な準備が必要になります。申立ての事前に自己に有利な判定書や鑑定書を入手するのがベターです。
　なお、従来は侵害品の輸入差止がされてもその侵害品の輸入者の名称や住所情報が意匠権者等に提供されなかったため、せっかく侵害品の輸入を阻止してもその輸入者が特定できず、意匠権者等が輸入者に対して直接措置をとることができませんでした。しかし、平成１６年の法改正により意匠権者等に侵害品の輸入者の名称や住所情報が提供されるようになりました。これにより、意匠権者と輸入者で直接交渉が可能となり、輸入者に対しての損害賠償請求等も容易になりました。